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デトロイト・メタル・シティが20世紀少年でクラウザー節イイイイイイ!

主人公の松山ケン演じる、デスメタルのフロントマン=クラウザーさん。カッコいいっす。

公然ワイセツカット、べ~べ~べ~、このぶたあああああああああああ!!!!!
等々数々の伝説を打ち立てていくクラウザーさん☆

夢を届ける為に今日もデスメタル☆サツガイ サツガイせよ~~~~~~!!!!

とまあそれだけですw松山ケンさんだけ。。。まあ、それだけ。
でもマツケンカッコイイゼエエエエハーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!
ギュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!!!!

で、20世紀少年。
すげえ。ある意味凄すぎる。

全ての面で平均点すれすれ以下をたたき出す恐ろしい平凡さ。
非凡な所一切無し。安全無菌で、お届けされております。

これが日本の現状か。競争原理の成れの果て。統一思想へむけて例外は排他。
文句をいうことだけが得意で個性的でありたいと願う無個性だけがとりえの誰の話もきかない
自分NO1世界の成れの果て。
そんな現状がまざまざと大作日本映画の中に描き出されております。

なぜ音楽に、映画に、演劇に詳しくなったらナシを言うのか。
一体お前は何様なんだ?負け犬の遠吠えか?

だからこそ言おう。
この映画はクソだ。

恐るべき凡人堤幸彦。非凡だといわれている才能を集めてなんとか纏め上げて平凡なものに仕立て上げたその手腕はもはや天才。
違うものを排他。受け入れず自分の世界NO1の成れの果て。尊敬するのもやさしい言葉をかけてくれるやさしいボンクラのみ。

原作で一番面白い序章がこれでは。この先に何がある?自分の限界に化けるかツツミイイイイイイイイイ!!!!!!!!!!ハーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!

by katana
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「 スカイ・クロラ - The Sky Crawlers 」

        sky.jpg

「戦争」から帰って来た人も   「戦争」こそが青春だった人も

誰もその戦争の事を、一言も話さなかった

飛行気乗りだったおじいちゃんから敵機撃墜、大空を飛ぶ気持ちとかの武勇伝が口から出る事は無かった
一年中しゃべっているんじゃないかというぐらい話好きなおばあちゃんなのに、世紀の一大イベントであったはずの「戦争」の話だけは一度もした事が無かった
なんでも大袈裟に話す人なのに。大袈裟にぐちゃぐちゃと話してくれれば良いのに。


でも 僕も、  一度もたずねなかった 聴きたいとも 思わなかった


戦争のドキュメンタリーを見ている二人は静かで、10分かもう少し見るとおじいちゃんがCHを変えてしまう


消える事の無い侵略と ゆるされる事のない殺戮



それで良い。絶対にゆるされなくて良い。だってそれは多分、本当の事だろうから。
「戦争」が「平和」という形をはっきりとさせる為に必要だとしても肯定する気はさらさら無い。



僕は二人を恥じていた その血も 景色も 何もかも



もう既に 死んでいるような子供だった。
過去も何もかも「キルドレ」みたいにもやもやでハッキリしなくて、もうそんな事どうでもよくなって、只空を眺めたり、誰かを傷つけたり傷つけられたりして、どうにかやっと「生きている」という価値に何とかしがみついて。


肯定できない過去に 「これから」 という未来が必要か?


スカイクロラは雄弁に語ってくれる。肯定は希望ではない、と。


そんなことしなくていい、生きろ。 と。


戦争をどうにか肯定しなくていい。
只、今あの「戦争」の事を自分がどう捉えるのかは、とても大切な事かもしれない

僕は明日も飯を食いたい 音楽を聴きたい 仲間と騒ぎたい 大切な人と一緒に居たい
そして、そいつらには明日も明後日も生きていて欲しい


ちょっとおかしいのかもしれないけど
僕にはどうしても、感謝という気持ちに近い何かが生まれてくる



今夜も星に抱かれて・・・ 絢香   


文-katana

テーマ : 映画感想 - ジャンル : 映画

秒速5センチメートル

5cm.jpg

この映画は、日本アニメーションの最高峰だと自分は思っていて。
なぜって画面がとにかく綺麗で、瞬きをしたくない位見入ってしまったから。


本当に、画面が綺麗で素晴らしいんだ。

雪が降るシーン。

桜が舞うシーン。

とにかく。とにかく。

映画の内容自体は、物足りない人もいるだろうが、自分としては全然OKでした。
というか、内容がいいとか悪いとかじゃなくて、とにかくアニメオタとしてはたまらない作品。


ポスターの絵の舞台になっているのは「岩舟」という栃木の駅。

「岩舟」って場所、栃木出身の自分でも知らず、少し調べてみたのだが、どうやら現在無人駅らしい。
両毛線で、小山 - 思川 - 栃木 - 大平下 - 岩舟 - 佐野の順番。


主題化が、山崎まさよし/One more time, One more chance、ということで、大分なつかしいのだが結構はまっています。

東京は、渋谷シネマライズだけの公開だが、「時をかける少女」のように、どんどん広がればいいのにな。



監督は、ほぼ全過程をひとりで製作したデジタルアニメ『ほしのこえ』が絶賛されたアニメ作家、新海誠。


透明感あふれる映像美と、切ない想いが詰まった世界観に浸りたい人にお勧めです。


Waki=文

トレインスポッティング

torespo.jpg


誰もが何時でも-青春-を感じる事ができる。思い出に浸る、映画を観る、音楽を聞く、酒を飲む、友達と騒ぐ、クスリでぶっ飛ぶ、・・・などの行為によって。

 -青春-と言う言葉には、現実、自分というものが置かれている状態からの逃避、また夢、幻想、理想を思い描くという意味合いが含まれていると俺は思う。
 そして、正にトレスポの主役達はその-青春-の真っ只中にいた。ユアンは現実を捉える事ができず、クスリを打ち、それを止めようと決心しても出来ず、自分の国に誇りを持てず、不満を吐く。

 ・・いや、そもそも捉えるべき現実なんて在るのか?誇りを持つべき国なんて在るのか?そう、これこそ全ての事が疑問に,そして嘘っぱちに思えて来た90年代、では無いだろうか?ユアンのあの姿はあまりに俺達に似ている。

 現実とは辛いものだ、でも頑張ればどうにかなる、時代に取り残されるな、それが不幸だ絶望だ、なんて思わされてしまった。思ってしまった。なにも見えなくなってしまった。そして-青春-こそが、リアルってものになってしまった。

 でも、ダニ-・ボイルは、 ユアン・マクレガ-はそれこそが嘘だ、クソッタレだって言って鮮やかな脱出をしてみせてくれた。ボ-ンスリッピ-の鳴り響く中、この社会で最も信頼の置ける金を手に全力疾走。最高だ。そしてあまりにも絶望的だ。

 金を持って逃げろってか?・・・
 
 いや、もうすでに俺達は金を握り締めて逃げ出してしまっている。
 嘘じゃない、トレスポだけが90年代だった。


(katana for 19歳dattakoronomama)

花とアリス

hanato.jpg

見た後に、胸のもやが晴れたすがすがしい気分にしてくれる。
見ている最中、大切なものを心の奥から静かに引っ張り出してくれる。

これは他のどんな作品とも比べられない、岩井監督にしか作りえない作品だろう。

高音がききまくったバイオリン(チェロ?)の音色が、心のふちを丁寧になぞる。かたどったそれを静かに、しかし確実に揺さぶるのが蒼井 優。

其れは―まるで、人ではない様に すきとおって。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・すぐにでも、消えてしまいそうで。

映画の全ての事が彼女に集約されていく。全てが彼女をひきたてていく。
あの笑顔。もし役者を目指すならば、あの笑顔を見たほうが良い。
アクターズスクールに通う前にこの映画を見たほうが良い。
あのダンス。笑顔。顔。空気。演技。
何も言う事はない。もし監督をやれたら只、惚れるのみだろう。
監督、岩井 俊二のように。

現代の高校生なんて、若い世代なんて、描いちゃいない。そんなものこの映画は捉えちゃいない。

でも、いつだってこうだろう? 別にって、やさぐれてしまったって?
・・・・・・でもやっぱり忘れちゃいないんだろ。

フリだよフリ。フリのつもりが本気になって。
何が本気かわからなくなって。もうバカにして笑うしかないってね。

もういいから。

少しだけ前を向いて   うつむいてたって良いから、笑ってて。

って言っている様です。

katana=文

鉄コン筋コンクリート

tetutetu.jpg

シロとクロの大切な街。 誰よりも速く、強く、高く、クールに!!
熱くなる事なんてなんにもねーし 暇すぎる、ただ 退屈なだけの街
命なんて、とうの昔にどうだっていいし。

たださ・・・・・・・・・・この街だけはゆずれねぇよ。

自信もプライドも根拠ゼロ。価値なんて考えた事すらねぇし。
つーか多分ねーし。なんにもないけど、まぁ、とにかくゆずれねぇんだな。

そんなもはや、うぜえプライド。
けど、なんかそんなのがもしかしたら大事なのかもしれない。
根拠や保障を理由に(言い訳に)してしかプライドを持てない人なんかより、よっぽど良い。
其れを例えばシロの様に認めるけど、

基本的には根拠ねえプライドと、兎に角見下しコキ降ろせば勝ち的☆ドカスにはドムカつく。
だからクロ的徹底排除!同情の余地無。無駄無駄無駄。

ボロボロになったって。

そうだった。いつだって少年は、たった独りで世界の巨悪と戦っていてズタボロになりながら、何度も何度も、立ち上がる。

そんな事を映画を見ながら思い出した。
そしていつか、あんまりそうは遠くない日に、クロとシロはどこかへいってしまうんだ。

街なんか置き去りにして。

(katana)

マリー・アン・トワネット

20070405000303.jpg


退屈な世界 晴れることの無い気分。
そりゃあ幸せなんだろうけど、とりあえず憂鬱で、喪失感もぬぐえなくて。

なんだろう、初めからマリーアントワネットは誰かに似ている。
彼女の富を支えるために誰かが、どこかで貧しさに苦しんでいるのも。

全てがわずかにずれながら、チグハグなままストーリーが進んでいく。音と映像。気持ちと映像。監督と観客と。夢と理想と。そして、マリーアントワネットと世界と。

見事に現代に生きている人々の違和感を表していると思う。
シューゲイザーの優しいノイズの様にぼやけて、少し温かくてわからないんだけど、只、違和感だけはハッキリと感じる。

なにかが違う って。
自分とそれを取り囲む世界とにずれを、チグハグさを感じる。ぼんやりとだが、決定的に。

そして、その違和感をなかった事のように暮らしていく。
有り余る力があるのにも関わらず、自分らしさに終始する。それで良いんだろうし。其れしかできないし。
せめてすこしは、自分らしく。

そう、マリーアントワネットの様に。

そしてその最後。更にどこへ向かっているのかわからない微妙な不安を表現したラスト。
―正に。
痛烈な現代への皮肉と批判。されどPOP。これが映画だ。


(katana)

ロストイントランスレーション















コレと言って流れもなく過ぎていく、主人公(スカーレット・ヨハンソン)の異国=日本での生活。
彼女はそんな異郷の地で国のスター(ちょっと落ちぶれてるオッサン)に会う。
ロリコンとかいった、そんな小うるさい関係性など、どこにも無くて。

ただ静かに、二人の間に大切な関係が築かれていく。
劇的ではなく。退屈ではなく。ゆっくりと。
そこが大切に丁寧に描かれていく。
新しい人と人との関係性へのセレブレイト。人のあり方の自由度の賞賛。
アイシアウのにも退屈した。それだけじゃもう、物足りない。
一番大切な事から、一瞬たりともブレないで進んでいく。(というか過ぎていく映画)

何が、どうなるわけでもないのにきっと誰もがラストになんだかわからない笑顔に出会う。
素敵な映画。音楽がまた完璧に映画の一部。
この若さで、この作り。。さすがはコッポラの娘さんといった所か。コッポラも参加してるし。
というか既に俺は親父より好きだけどね。(全盛期のゴッドファーザー除く)

このストレンジャーな感覚。何も知らない街に立っているような、とても素敵な感覚。
どこに行こう って。
それはきっと(設定だけじゃなく)この映画がもたらす繊細で微妙な感覚からも来ているんだろう。

目的地なんていらない。
不機嫌そうに街をただ、ダラっと徘徊してみたい。
そんな人にオススメだ。きっとその旅に出かけずには居られなくなると思う。
耳にはイヤホンを突っ込んで。

just like honey



(katana)

チャーリーとチョコレート工場

choco.jpg


大げさに言う程、 面白い!ってわけじゃない。
この世界観が特異で独創的で、オリジナリティに溢れている☆・・・・・・・わけでもない。
素晴らしい想像力!!・・・・・・・・でも、ない。

唯の童話。現代の童話。リアリティの欠落したタワゴト。

唯、それがとてつもなく素晴らしい事に思える。
結局いつもと変わらない彼の作品だけれど、その素敵な思想から創られる数々のタワゴトは、この誰かがクソ定義したリアリティという幻想に覆われた「現実」という、ありもしないアホを不気味に笑い飛ばす。

ケケケケケッて。

映画は神話を語る―リアリティすら再構築する

あれ?映画とは神話を壊すものではなかったか。
ライフスタイルを限定する一つも面白くない話を覆すものではなかったか。いつの間にそちら側に回ってしまったのか。

もっとくだらない話を。笑えるか笑えないかの最高のジョークを。ありえない世界を。
どうか、こんなつまらない世界は全部嘘なんだって大声で言ってくれ。

ティムバートンは叫ばない。
ただ、笑っている。月明かりにぼんやりとシルエットだけが浮かび上がって
ケケケケケッて。

この映画を見ている時は一緒になって笑うはず。

それはそれは、都知事さえも怯えるような 不気味な声で

ケーケッケッケッケッケ




katana=文

ザ・コーポレーション

copo.jpg


これを見る前からどうしても納得行かない事があって

なんでそこまでグローバル企業の工場等での発展途上国における賃金が安いのか?という事。
恐ろしい程安すぎる。搾取していると言われるのも心から納得出来る少なさ。

もちろんコストを下げ、利益を上げるのが目的なのはわかるんだけど実はもっと賃金を上げても大して変わらないそうだ。じゃあなぜ?

賃金を上げる と労働者達は豊かになる
生活水準も上がり貧しい(資本主義的価値観上の)生活から脱却する 
そうすると賃金の安いその工場なんかで働かなくなる。工場の割が合わなくなってしまう。また搾取できる国を探さなければならない。そして、そんな都合の良い国がいつか無くなってしまうかもしれない(素敵な事でしょう)。

よって、労働者には常に生活できるかどうかの貧しい状態で居てもらわなければならない。
労働者に常に貧困を要求する労働。それで成り立つ企業。
この二点だけでも正常では無いと思う俺は、そんなに考えすぎだろうか。
有り余る力あるものはその力が搾取された物で培われているのを知っている。そしてその力が価値あるものだという事を誇示し存続させる事に必死だ。

だが企業が敵なんかでは決して無い。敵なんか居ない。それでこの社会は成り立っているんだから。「富」は誰もが望むものだ。
だが、資本主義における「富」は「競争原理」の上に成り立っている以上「負ける」方が出て来る。
そして勝者は自分が負けるルールなんて作りはしない。政治をみればわかる、ある一部の権力者の為に法なんて簡単に変わる。
そういえば税金が上がる事に対してカリスマ的な存在になったホリエモンが言ってたな。

「バカな事だ そんな事をしたら優秀な経営者達は税金の安い国外へ行ってしまうし 自分だってそうしますよ」

安いところを巡って回る大企業工場と同じ性質のようです
で東大生の経済学んでる奴が

「これからの日本は投資の時代です」

自分の所の食料すら作らない、産み出す事を忘れようとしている日本的で素晴らしい意見です。
おっさんならいいんだけど、若い学生が言ってるって事にさらに泣けて来ます。サッカー日本代表からも誇りなんて感じられなかったしね。

僕は小さいけれど、もっと愚かかもしれないけれど、ちょっとだけ本当の誇りを胸に、出来ることを少しだろうけど、やりたいと思う。
とりあえず、金曜の夜は少し奇麗なクラブで朝まで踊る☆踊って踊る。
それは経済学的にも無価値なものじゃない。
難しい事は良いや。そう、むしろ無価値でかまわない。
だからこそ。

後、この映画の中には「労働者に常に貧困を要求する労働」なんて直接は全然出てこないのであしからず


katana=文
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